【書評】「嫌われる勇気」

書評

岸見一郎さん、古賀史健さんの本を書評です。

多くの人が本書を手に取ったのではないでしょうか。私自身も2021年8月初めて本書を手にし、読ませていただきました。そんな本書を今さらながら書評させていただきます。

本書は哲学者の老人と青年の対話形式により進行していきます。哲学者は世界はとてもシンプルなものであり、人はいつでも幸せになれると説いていた。青年は哲学者のもとを訪れて、真意を問いただそうとしています。世界を矛盾に満ちた混沌としか映っていない青年にとっては、幸福などありえないものだと思っています。

冒頭にて哲学者は、「あなたにその“勇気”があるか、です」と青年に言っています。どういうことなのか。書評を始めていきましょう。

「嫌われる勇気」概要

著者:岸見一郎、古賀史健

出版社:ダイヤモンド社

出版年月日:2013年12月12日

ページ数:294ページ

岸見さんは哲学者であり、1989年からアドラー心理学を研究。古代哲学の執筆や講演活動、精神科医院でカウンセリングを行う。また日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。本書では原案を担当されているとのこと。

もう1人の著者、古賀さんはフリーランスライターであり、20代の終わりにアドラー心理学と出会い、常識を覆すその思想に衝撃を受けたとのことです。その後何年にもわたり、岸見一郎さんを訪ね、アドラー心理学の本質について聞き出し、対話篇として落とし込んだとのこと。

つまりは岸見さんの哲学者と古賀さんの青年としての会話形式で本書は成り立っているとのこと。思わずノンフィクション!?と言いたくなりますが、そこには触れられていません。

対話形式を取り入れたことでより読みやすくなっております。

「目的論」と「原因論」

日本ではあまり馴染みの無かったアドラーですが、世界的にはフロイト、ユングと並ぶ三大巨頭の一人として必ず名前が挙がるとのこと。アドラーの考え方は今までの考え方とまるで違っており、「原因論」ではなく「目的論」としての考え方に基づいています。要するに「原因論」は過去に起こった出来事による原因にて発生したこと。「目的論」は今にフォーカスを当てています。

例えば、会社の上司がイヤだから仕事ができないというのであれば、「できない自分を認めたくないから、嫌な上司を作り出す」と考えている。つまりは仕事ができない自分が先にあり、目的達成のために嫌な上司を作り出している。これを「目的論」。

「原因論」は私たちを先に進むことを許すことはないのです。たしかに過去に縋り付いている人を見ていても、スマートじゃない。これは私たちが過去よりも現在から未来に向かって生きているということを忘れてはいけないです。

アドラー心理学では、トラウマを明確に否定しています。心の傷として深く残ってしまうトラウマですが、これに苦しむよりも、経験の中から目的に叶うものを見つけ出すのです。

〇人生とは誰かにあたえられるものではなく、自ら選択するものであり、自分がどう生きるかを選ぶのは自分なのです。

大人になってこの言葉が深く考えさせられます。あの時の自分の選択は本当に合っていたのか。もし違う選択をしていたら、また人生は違っていたのか。これは何億とおりにも上ります。ただ過去に縛られるばかりでは、これからの未来は暗いものになってしまいます。自分自身の人生はまだ道半ばであり、無数の可能性が眠っていることを忘れてはいけません。それが何歳になろうとも、です。

怒りの感情についても、大声をあげて怒れば相手はたちまち萎縮してしまいます。怒ることで相手を制圧することができると思い、この便利な“道具”を使っているのにすぎません。目的達成のために怒りを使用しています。

起こってしまったことは原因論として仕方ないです。これも目的論にすり替えて、どうしたら今後同じことが起きないのかを考えるべきです。

人間関係が全ての悩み

人間関係って難しいものですよね。特に職場や学校という共同体の場合は、同じ環境で過ごすしかなくストレスが溜まることも多いのではないでしょうか。

他人と過ごしていくと比べてしまったりして、どうしても自分に自信が持てなくなってくる瞬間はやってきます。それは誰しもが経験しているはずです。そんな自分のことを嫌いになったりする方も多いのでは。それは他人から嫌われることを恐れ、人間関係を構築するうえで自分が傷つくことを恐れています。要するに“自分が傷つきたくない”という逃げの手段なのです。

劣等感についても、他人との比較で生まれてしまいます。この劣等感は人よりも劣っているという主観的な解釈のうえで成り立っています。しかしこの劣等感も“主観的な解釈”を変えれば長所になるのです。自分の価値観は自分自身の勝手な思い込みである“主観的な解釈”に過ぎないので、長所はどのような価値を与えるのかにかかっているのです。

自分自身を客観的に見ることで主観的な部分を見つけることができます。

また劣等コンプレックスならぬ“優越コンプレックス”というものがあります。

これは自分が優れているかのように振る舞い、優越感に浸ってしまっていることです。

つまりは会社で言えば役職にあたるのかと思います。役職があると人の上に立ち、仕事をするうえでリーダーとして活躍します。ただこれを間違った解釈をすると、自分が優れているから部下がいるのだと勘違いします。

そして言葉にして自慢している人は、自分に自信がないのです。

劣等感というと他人からの承認欲求を得たいというのが人にはあるかと思います。他人からの承認を通じて、劣等感を払拭します。最近ではSNSなどで、いいねをもらうことも承認欲求に当てはまるかと思います。しかし生きていくうえで、他人の期待を満たす必要などありません。それは他人の人生を生きることに繋がり、自分自身のための人生とは言えなくなってしまいます。

他人の評価を気にしないで自由に生きること、それは他人から嫌われることを受け入れることになります。自由に生きることは全ての物事を気にしない、即ち他者評価さえ受け入れないことになります。これはなんとなく自己中心的な生き方に映ってしまいますが、自分自身を解放するにはそういった思考も必要になるのではと思います。

〇もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにすぎない。

自分自身が優れていると誇示しています。本当に自信のある人なら自慢などはしない。これをしないと自分自身を認めてくれないと恐れています。

なんとなく自分の身の回りにこんな人いませんか。いちいち言葉にしなくてもわかるし、自分の話を聞いてほしいだけの人なので無視して構いません。

〇怒りとは所詮目的を叶えるための手段に過ぎない。怒りは道具だ。

怒りという感情を使用せずに人間同士のコミュニケーションはできます。そう、会話ができるからです。怒りという道具に頼る必要がないのです。怒りっぽい人は短気という訳でなく、有用なコミュニケーションツールを知らないだけです。

瞬間湯沸かし器のような人が周りにいたりすると、本当に苦労します。上司がそのタイプだとほんとに聞き入るしかないという。。相手のためを思った怒りと自己中心的に発する怒りは全く別物なのです。

共同体感覚を身につける

人間関係にぶつかったときにはまず、共同体の感覚を考えます。共同体とは学校といった小さなものから、もっと大きなものを指します。目の前の小さな共同体だけにとらわれると、関係性が壊れたときに不自由な生き方となってしまいます。つまり小さな共同体にとらわれていると、視野が狭くなってしまう。なので大きな共同体を目指すべきなのです。大きな共同体というのは人それぞれ必ず存在します。

共同体でも横の関係が重視されます。縦の関係といった場合は人の上に立ち、人を操作します。この場合は全ての人間関係を横の関係としてとらえます。そもそも劣等感とは縦の関係から発生してくるものです。人を操作している時点で、自分は正しく相手は間違っていると思い込んでいます。

〇横の関係に基づく援助のことを、アドラー心理学では「勇気づけ」と呼んでいます。

褒めるという行為自体が、能力のある人が無い人に下す評価にままならない。勇気を取り戻すことで、課題に立ち向かえます。横の関係だけなら、そんな気遣い必要ないし、なにせ気が楽なものです。

〇人は「わたしは共同体にとって有益なのだ」と思えたときにこそ、自らの価値を実感できる。

人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります。自分自身が誰かの役に立っていることを知った時、生きている実感って湧いてきませんか?大きな共同体のメリットはそこにいるだけで、自分の価値を実感できる良い機会にも恵まれます。

まとめ

欠点のない人間などいません。肯定する“勇気”がないだけです。

そして他者貢献とは、自分自身を捨てて誰かに尽くすのでなく、自分自身の価値を実感するためになされるものです。仕事をするということは、この部分が非常に大きく占めているといっても過言ではない。お金があっても働き続ける人はこの“実感”こそが薄れてしまうからではないでしょうか。

そして生きていく上での目標として下記を掲げています。

・自立すること

・社会と調和して暮らせること

・わたしには能力がある、という意識

・人々はわたしの仲間である、という意識

現在を生きる私たちは、過去に何があったとか、未来がどうであるとか考える問題ではありません。今この瞬間を大事にしていないと過去も未来も見えなくなってしまいます。決めるのは昨日でも明日でもなく今ここになります。

自分自身を変えようとしたときに、他人が変えてくれるものなのでしょうか。他人からきっかけを与えられたとしても最終的に行動するのも自分自身です。

人生というものはそんなに複雑でないことを本書では教えてもらいました。もっとシンプルに考えよう。そして自己中心的とは違った、自分第一で生きていきたいものです。

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